まずはじめに
この体験談について
それまで当たり前だと思っていた日常が、
心の不調をきっかけに、大きく揺らぐことになりました。
これは、立ち止まることになるまでの過程を、
当時の記憶や感覚をたどりながら綴った体験談です。
いくつかの記事に分けて、お話しできればと思っています。
心の疲れを感じるあなたへ
- 自分や身近な人の心の不調が気になっている方
- 仕事や人間関係の中で、どこかしんどさを抱えながら日々を過ごしている方
ここでは、正解や答えを示すわけではありません。
ただ、読み進める中で、
「ひとりじゃなかった」と感じるきっかけや、
立ち止まって自分を見つめる時間が生まれたらいいなと思っています。
途中から読んでも大丈夫です。
しんどいときは、そっと閉じてくださいね。
語り手について
いまの私
過去にうつ病の診断を受け、しばらく療養していましたが、
現在は症状が落ち着き、数年が経っています。
いまの私は、当時フタをしていた自分のしんどさを、
あの頃よりも落ち着いた気持ちで振り返られるようになりました。
今回は、
環境が変化する中でも、まだ踏ん張れていると思っていた頃の話です。

環境の変化と私の捉え方
振り返ってみると、あの頃の私は、
環境に変化があっても、
「これは私がさらに前に進むための、良い環境なんだ」
「苦しさを感じるのは、成長の途中にいるからなんだ」
と、起きている出来事を前向きな意味に置き換えながら、
進み続けていたように思います。
無理をしている感覚は、ほとんどありませんでした。
むしろ
「ちゃんとやれている自分」
「踏ん張れている自分」
を、信じていました。
環境の変化も、決して突然ではありませんでした。
少しずつ、少しずつ形を変えながら進んでいったものばかりで、
当時の私には、それらが
「成長」や「前向きな変化」のための要素
にしか見えていなかったのだと思います。
だからこそ、その捉え方を疑うこともなく、
立ち止まる理由も見つけられませんでした。
けれど、今振り返ると、
その前向きさを積み重ねることが、
いつの間にか自分の心までを追い詰めていく形に
なっていたのかもしれません。
環境の変化① 人との距離が、少しずつ変わっていった
異動や退職、配置替えが重なって、
気づけば、以前のように気軽に相談できる人が周りからいなくなっていました。
分からないことがあればすぐ聞ける、
弱音を吐いても大丈夫だと思える、
そんな存在が、少しずつ職場から減っていきました。
一方で、現場での年数が増えるにつれて、
自分の立場だけが上がっていきました。
「このくらいはできて当然だよね」
そんな無言の前提を、自分自身にも向けるようになっていました。
周りも慣れない環境で忙しくなっていました。
以前なら何気なく聞いていたことも、
「今は忙しそうだから、やめておこう」
そうやって飲み込む場面が増えていきました。
その一つひとつは、とても小さな遠慮です。
でも、その小さな遠慮が、確実に積み重なっていきました。
上司に相談しようとしたとき、
「いまは話しかけないで」
「タイミングが悪い」
そう言われたこともありました。
責められたわけではありません。
ただ、その一言で、
「相談するのは迷惑なのかもしれない」
そう感じてしまったのも事実でした。
そんな積み重ねによって“頼りづらい”が、じわじわと積もっていく環境でした。
当時の私はそれを、
「仕方がないこと」
「しっかりしないといけない立場になったのだから」
そう言い聞かせていました。
環境に慣れること、
自分の力でなんとかすること。
それが大人として、仕事をする人間として、
当たり前の選択だと思っていたのだと思います。
環境の変化② 役割ばかりが、少しずつ増えていった
仕事の内容は、ある日突然変わったわけではありませんでした。
これまでやってきた仕事に、
新しい役割が「自然に」足されていく。
そんな変化でした。
職場では退職する人が増えていて、
気づけば経験年数の長い側に、自分が立っていました。
その流れで、
教える役割、まとめる役割、調整役。
そうした仕事を任されることが、少しずつ増えていきました。
ただ、教えることに慣れていたわけではありません。
それでも、
「教える役割」と「いつもの業務」は、
はっきり分けられることなく、同時に進んでいきました。
通常のタスクをこなしながら、
誰かのフォローをして、
全体の進行も気にして、
気づけば、頭の中で同時進行していることが どんどん増えていきました。
それでも当時の私は、
この状況を「負担」だとは捉えていませんでした。
「今は成長している段階なんだ」
「任されているのは、信頼されている証拠だ」
そう解釈していたからです。
「これは自分にしかできない」
そんな気持ちも、どこかにありました。
だから、仕事を抱えがちになっていったのだと思います。
やることが増えている感覚は、確かにありました。
けれどそれ以上に、
「今は踏ん張りどきだから」
「ここで頑張れるのは、良いことだ」
そう自分に言い聞かせていました。
役割も、仕事量も、確実に増えていました。
それでも、
・ノルマを達成するため
・自分の評価をあげるため
にはどれも必要なことだと思えていて
削るという選択肢は、当時の私には浮かびませんでした。
環境の変化③「自分で抱える」が当たり前になっていった
仕事が増えていく中で、
いつの間にか「助けを求める」という選択肢が、
自分の中から見えにくくなっていきました。
マニュアルや引き継ぎが十分でないまま進む仕事も多く、
分からないことが出てくるのは、珍しいことではありませんでした。
それでも、ひとつひとつ確認しながら進める余裕はなく、
仕事を回すために、自分で締切を短く設定するようになっていきました。
相談しながら進めると、その分時間がかかる。
そうすると、ほかの仕事が溜まってしまう。
そんな考えが先に立ち、
「これくらい、聞かなくても大丈夫だよね」
「自分でなんとかしたほうが早い」
そう自分に言い聞かせて、
誰かに頼る前に、まず一人で抱え込むようになっていました。
そうした状態が続くうちに、
「いつ相談すればいいのか」
そのタイミングそのものが、分からなくなっていきました。
結果として、報連相が十分にできず、
小さなミスが増えていきました。
けれど当時の私は、それを
「忙しい中で起きたこと」ではなく、
「自分の責任」だと受け止めていました。
ミスが出れば、その対応でさらに仕事が増える。
それでも、誰かに任せるという発想には至らず、
また自分でなんとかしようとしていたのです。
忙しさが続く中で、
振り返る時間や、昼休憩の時間も、
意識しないうちに削られていきました。
それでも私は、
「今はこういう時期なんだ」
「ちゃんと回せているから大丈夫」
そう思いながら、抱え続けていました。
まとめ:環境の変化を“前向きなこと”として処理し続けていた頃
この頃の私は、無理をしているつもりはありませんでした。
人との距離が変わっても、役割が増えても、自分で抱えることが当たり前になっても、
それらをすべて「前向きな変化」として受け止めていました。
「成長のチャンスなんだ」
「今は踏ん張りどき」
「ここで弱音を吐く段階じゃない」
そうやって自分を納得させながら、進み続けていたのだと思います。
不安や疲れを感じることがあっても、
それは甘えかもしれない、と心のどこかで片づけていました。
違和感さえも、ポジティブな言葉に置き換えることで、
見ないふりをしていた部分があったのかもしれません。
しかし今振り返ると、
その先にあったのは、
思い描いていたような充実感や手応えではありませんでした。
頑張っているはずなのに、なぜか楽にならない。
前に進んでいるつもりなのに、どこか噛み合っていない。
これでいいのか不安を抱えたまま、
張り詰めた気持ちで仕事を続けている感覚がありました。
当時の私は、その違和感を言葉にすることも、
立ち止まって確かめることもできないまま、
それでも「まだ踏ん張れている」と信じて進み続けていました。
その結果、少しずつ、
努力と結果が結びつかない感覚
空回りしているような感覚
が強くなっていったのだと思います。
次回は、
「頑張っているはずなのに、空回りしていた日々」というテーマで、
心がさらに追いつかなくなっていった頃の話を書いていきます。


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